テーブルマナー講座・大阪・京都・関西|美しい所作と静けさの美学を学ぶレッスン(個人・団体)

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🌿 私の物語・第1章:静けさの美学へ向かう前夜──私が止まった日

禅が世界へ広がる姿を紡いできましたが、
私の静けさの始まりは禅ではありませんでした。
 
庭づくりや所作の美学よりも前に、
心の余白がふっと芽生えた瞬間があったのです。
 
その後に禅を読み、
私が感じてきた静けさや気づきが
禅の教えと静かに響き合っていることに気づきました。
 
ここからは、
私自身の物語を静かに綴っていきます。
 

✦ 止まることの意味を知った日

私は長い間、走り続けていました。
美しい所作を伝える仕事はやりがいがあり、
全国から生徒さんが訪れ、
企業研修を任されるほど順調でした。
 
けれど、心はいつも乾いていました。
評価されても、成功しても、
満たされることはありませんでした。
 
もっと頑張らなくては。
もっと結果を出さなくては。
そんな思いが、静けさを覆い隠していたのです。
 

✦ ある朝、突然「止まった」

病気ではないのに、
ベッドから起き上がれない日がありました。
 
予約はびっしりで、
動けないなんて許されないはずなのに、
その日に限って、多くの生徒さんから
ありえないほどのキャンセルの連絡がきました。

「これは何かのサインなのではないか」
胸の奥で、静かな声がそう告げました。

私は涙があふれながら、
見えない大きな流れに向かって
「あっぱれ、あっぱれ」とつぶやきました。

降参のようで、解放のようで、
ふっと笑いがこみ上げました。

その瞬間、
私の人生は静かに方向を変え始めたのです。
 

✦ 止まった日が、静けさの入口になった

その日を境に、
私は「止まる」ということの意味を
初めて深く感じました。

走り続けることだけが正しいわけではなく、
立ち止まることにも大切な役割があるのだと
心の奥で静かに理解し始めたのです。

この“止まった日”が、
後に続く痛みの章、
心の声が戻る章、
そして庭づくりへとつながる章の
すべての始まりになりました。
 

――――――――――――
 
止まった日からしばらくして、
私は心の奥に潜んでいた痛みと向き合うことになります。
 
次の章では、
その痛みがどのように私を目覚めさせ、
静けさへ向かう道を開いていったのかを綴ります。
 

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